住宅街の中の山小屋

やけくそだけどなげやりじゃない。のんびり流されるままゆらゆら。

甲子園と評論家気取り

甲子園の巨人対阪神見てきた。巨人ファンなんでロペスセカンド坂本ファーストという謎采配のせいで楽しみに行ったのに疑問ばかりで高橋の美しいホームラン以外なにも楽しいことが無かった。

 

野球ファンってのは基本的に自分が監督、野球評論家として見てる。今日、阪神電車で甲子園向かってるときだって阪神ファンが昨日の試合はあそこであーすればもっと良かっただの新井弟は最近打撃がなっとらんとか議論してて電車でたまたま近くに居た他人同士の二人組がくっついてどうすれば勝てるか相談したりしてる。オレ流打撃理論まで語る人も居るのに誰もそこにおまえは評論家気取りか!という煽り言葉は入れない。

 

だけどクラシックになると途端にこの「評論家気取り」という言葉が煽り言葉としてたくさん使われる。この演奏家はこうだね!CDは斯く斯く然々なんて書くと評論家気取り?のオンパレードだ。「おまえが演奏して見ろ」もある。

 

なぜ野球と同じように手放しで無責任に楽しむことが出来ないんだろう。みんな映画見るときは映画評論家だしスポーツ見るときは監督だし外食するときはグルメ通になってるはずなのに小学生の感想文みたいに「美しい音で面白かったです」と言っとけってことなんだろうか。

 

もちろんプロの目の前で素人同士の会話の感覚で「評論家」をやるのはただの痛い人。

ネットはプロも混じってるだろうけど素人同士の会話感覚でいいんじゃないのって思う。

 

ロペスセカンドだと!?ふざけんな!なんで相手が能見なのに亀井なんだよ。矢野出せよ。俺だったら坂本を休めたいならベンチで休ませるわ!って監督気分だった野球観戦。

 

f:id:sutannex:20130906180840j:plain(ぶれまくりの瀧本美織)